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B-66 世紀の名演 クラシック

音楽にじっくり耳を傾けてコーヒー・タイム……。そんなクラシックの名曲喫茶さながらの雰囲気をお届けします。今では手に入らない貴重な音源や、廃盤となった数々のレコードを中心に、クラシック音楽史に名を残す「巨匠」たちが活躍していた時代の本格的な演奏が甦ります。どこか優しく暖かみのあるレコード(アナログ)サウンドをお楽しみください。

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今月の特集

b66_201205_01

指揮)conductor X オーストリア交響楽団
『ベートーヴェン:交響曲 第1番 ハ長調 Op.21、他』 [米REMINGTON R-199-156]

b66_201205_02

指揮)アンドレ・ヴァンデルノート ブラバント管弦楽団、他
『ベートーヴェン:交響曲 第2番 ニ長調 Op.36、他』
[蘭HET BRABANTS ORKEST RCS448]

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指揮)ヘルベルト・フォン・カラヤン プロイセン国立歌劇場管弦楽団
『ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」』
[ロシアANTROP 9100049-50]

12月 ベートーヴェン生誕250年記念特集その4

ベートーヴェン生誕250年記念特集の最終回はレア盤特集です。交響曲第1~3番の名演奏を揃えました。

1枚目はアメリカ・レミントン社が1953年に発売したLPで、ベートーヴェンの交響曲第1番と《レオノーレ》序曲第3番の組み合わせ。ジャケットには「conductor X」指揮、オーストリア交響楽団とクレジットがあります。なぜ指揮者名を隠す必要があったかについて、裏面に説明があります。それによると、レコードの完成後に、他のレコード会社との契約により指揮者の名前が使えないことが判明。レミントン社はプロジェクトの放棄か、指揮者の身元を隠すかの二者択一を迫られ、録音に多額の資金を投入していたことから、後者を採ったとのことです。この録音は40年後になって、音楽評論家のロバート・C・マーシュにより指揮者がアルトゥール・ロジンスキー(1892~1958)であったことが明かされています。ロジンスキーはポーランド人の両親のもと、オーストリアで生まれ、ウィーン音楽院で作曲をフランツ・シュレーカーに、指揮をフランツ・シャルクに、ピアノをエミール・フォン・ザウアーに学びました。ポーランドで指揮者として活躍しているところを名指揮者レオポルド・ストコフスキーに認められ、1925年から29年までフィラデルフィア管弦楽団で彼のアシスタントを務めたあと、1929年から33年にロサンゼルス・フィルの首席指揮者、1933年から43年までクリーヴランド管弦楽団の音楽監督、1943年から47年までニューヨーク・フィルの音楽監督、1947-48年の1シーズン、シカゴ交響楽団の音楽監督を務めました。1950年代からは活動の拠点をヨーロッパに移し、1954年以降はウエストミンスター社のためにウィーンとロンドンで数多くのレコーディングを行いました。その直前、1953年に発売されたこの録音には、ウィーンに学んだロジンスキーの作品に対する確かな様式感覚と、彼の特徴である整然としたアンサンブルを駆使した活力溢れる演奏が示されています。整った形式の中から溢れ出す熱いエネルギーが、作品に生命力を吹き込んでゆくさまはまさに聴き物です。
2枚目はベルギーの名指揮者アンドレ・ヴァンデルノート(1927~1991)がオランダのブラバント管弦楽団(現・南ネーデルランド・フィル)首席指揮者時代の1980年に録音したベートーヴェンの交響曲第2番です。ヴァンデルノートはブリュッセル出身でブリュッセル王立音楽院で学んだ後、1951年のブザンソン国際指揮者コンクールに入賞し、1952年からウィーン音楽院で学びました。1954年から60年までベルギー国立管の常任客演指揮者、1959年から73年までモネ劇場の音楽監督、1973年から75年までベルギー国立管の音楽監督、1975年から83年までアントワープ・フィル(現・ロイヤル・フランダース・フィル)の首席指揮者、1979年から88年までブラバント管の音楽監督、1987年から91年までRTBF響の首席指揮者と、ベルギーとオランダの音楽界で活躍しました。彼の名は1950年代後半から60年代前半にかけて、数多くのレコーディングを行ったことで一躍国際的となりましたが、その後はベルギーとオランダに活動を限定し、レコーディングもあまり行わなかったため、日本では「知る人ぞ知る」存在となっていす。しかし、その実力が第1級であったことは、このブラバント管を振ったベートーヴェンに明らかです。作品の様式感の把握はウィーン音楽院の先輩にあたるロジンスキー同様に確かで、大編成のモダン楽器オーケストラを用いながら、その響きは引き締まって豊かな色彩感に溢れ、音楽が瑞々しく躍動してゆく魅力に惹き込まれてしまいます。ベルギーとオランダで要職を歴任したことが納得できる名演奏と言えるでしょう。
3枚目は20世紀を代表する名指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89)が、第2次世界大戦中に放送録音したベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》です。カラヤンはザルツブルクに生れ、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院とウィーン音楽院に学んだ後、21歳で指揮者デビュー。1935年、27歳のときにドイツ最年少の音楽総監督としてアーヘン歌劇場の地位に就任。1939年にはベルリン国立歌劇場に進出し(41年から音楽総監督)、22歳年長の大指揮者フルトヴェングラーとベルリン音楽界で人気を競いました。戦後はウィーン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団の指揮者としてコンサートに、レコーディングに活躍し、1955年には前年に亡くなったフルトヴェングラーの後を受けてベルリン・フィルの音楽監督に就任。一時はベルリン・フィルとともにザルツブルク音楽祭の芸術監督、ウィーン国立歌劇場の芸術監督、ミラノ・スカラ座のドイツ・オペラ指揮者を兼任し、「ヨーロッパの音楽総監督」「音楽界の帝王」の異名を取りました。カラヤンは録音や映像の重要性にいち早く気付き、それらに積極的にかかわった指揮者であり、録音メディアがLPからCDへ、映像メディアがビデオテープから光学ディスクへと移り変わる中、膨大な数のレコーディングと映像収録を行い、没後30年以上経過した今なお、彼の芸術や指揮姿はCDやDVDに生き続けているのはご承知の通りです。ご紹介のLPは1944年ベルリンでの磁気テープ録音をソ連軍が接収、1991年にロシア国内で初めてLP化されたものです。カラヤンのベートーヴェンと言えば、ベルリン・フィルとの3度の交響曲全集録音が有名ですが、それらよりもずっと若い36歳で録音したこのLPの方が、むしろゆったりとした歩みと奥深い響きをもった気宇壮大な演奏を示していることに驚かされます(実際、第1楽章の演奏時間は、後のどの録音よりも長くなっています)。同時に正統的な音楽作りの中に、溌剌とした進行と活力みなぎる演奏を聴かせ、次世代を担うたいへんな逸材であったことが覗えます。カラヤンの音楽的ルーツがドイツ=オーストリアの演奏伝統にあることを改めて実感させられる1枚です。

文/板倉重雄

※特集でお届けしているLP盤を放送後、当番組で過去にお届けしたLP音源の演奏をお届けします。引き続きお楽しみください。

毎日0:00~ 1時間番組 リピート放送

ソングリスト

【今月の放送内容】
■第1週目
12月5日(土)~12月11日(金)放送
今月の特集 1   1時間番組リピート放送

■第2週目
12月12日(土)~12月18日(金)放送
今月の特集 2   1時間番組リピート放送

■第3週目
12月19日(土)~12月25日(金)放送
今月の特集 3   1時間番組リピート放送

■第4週目
12月26日(土)~1月1日(金)放送
1~3週までの総集編   3時間番組リピート放送

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